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TOUR de TOHOKU 2016

【対談】藤巻亮太(公式テーマソング)×宮坂学(ヤフー)「震災から5年、東北の地に関わり続けるということ」

2016年8月23日
対談写真

今回、ツール・ド・東北の公式テーマソング「LIFE」を提供していただくことになった、ミュージシャンの藤巻亮太さん。東日本大震災直後より東北で炊き出しや弾き語りなどの活動をされてきました。
ツール・ド・東北を河北新報社と共同主催するヤフー株式会社代表取締役社長の宮坂学とともに、震災から5年たったいまの東北復興への思い、テーマソング制作の裏側などを語っていただきました。

震災直後、現地で歌った体験が原点に

ミュージシャンの藤巻亮太さん
宮坂学(以下、宮坂):
この度は、ツール・ド・東北の公式テーマソングの依頼を引き受けていただき、ありがとうございます。
藤巻亮太氏(以下、藤巻):
こちらこそ光栄なお話をいただきましてありがとうございます。
宮坂:
藤巻さんは震災直後から東北に入って炊き出しなどをされたんですよね。
藤巻:
はい、所属事務所の小林武史さんを中心とした「ap bank」の活動で、震災直後の2011年4月頭に宮城県石巻市に入りました。まだ震災から1カ月もたたない時期で、こちらも具体的に何が出来るかわからず、とにかくカレーを作って届けるというボランティアをしていました。
そのとき、支援物資を届けに行った女川町のある避難所で僕のことに気付いてくれた方がいて「1曲歌ってくれませんか?」と言われたんです。当時は自粛ムードがあったりで、そんな空気じゃなかったんですけれども……。
宮坂:
歌ってもいいのか? という感じでしたよね。
藤巻:
そこで『3月9日』を歌わせていただいたときに、すごく喜んでもらえたことが強く印象に残り、「まだ何ができるかは分からないけれど、小さくてもいい、自分ができることをちょっとずつやっていこう」と思ったんです。そこが原点になりました。
それから2012年まで、月に一度は現地に行って歌う活動を続けました。
宮坂:
最初に石巻を訪れたときはどんな印象を受けましたか?
藤巻:
当時は道路の脇に船が座礁していたり、建物が倒れて底面が見えていたり……。本当に非日常的すぎて、言葉を失うしかない状態でした。
また、実際に現地の様子を自分で見て、聞いて、匂いをかいでいるので、すごく自分の中に深く残るものがありましたね。
ツール・ド・東北 2015年大会のスタート時の様子
宮坂:
印象が強烈ですよね。体で記憶するというか。メディアを通じてだと、視覚と聴覚しか使えないので。
ツール・ド・東北 2015年大会のスタート時の様子
藤巻:
ツール・ド・東北もそうですし、今年の7月に石巻で開催されたイベント「Reborn-Art Festival × ap bank fes 2016」に出演したときにも実感しましたが、「場を提供する」ということはとてもすばらしいことだと思います。
宮坂:
2013年に始まったツール・ド・東北のきっかけも、その場所に行く理由を何か作る、というのがひとつありました。
3.11のあと何ができるかと考えたときに、震災をなんとか忘れないようにしたい、と思ったんです。忘れるって、人間にとって生きていく上で重要な能力でもありますが、少なくとも年に1回か2回は震災のことを思い出す機会を作りたい、と。
ヤフー株式会社代表取締役社長の宮坂学
藤巻:
行かなくなると遠い場所になっていくんですよね。僕も、関わり続けないと東北という地が自分の人生からは遠い存在になっていってしまうような気がして……。
そんな中、今回の公式テーマソングのお話をいただいたので、すごくうれしかったです。
ヤフー株式会社代表取締役社長の宮坂学

「元気がでる曲にしたかった」テーマソングに込めた思い

藤巻:
ツール・ド・東北では、応援しているようで応援されている、というようなテーマを掲げられていますよね。今回のテーマソング「LIFE」を作る上でも、やはりここなのかなと思いまして、僕、そのまま歌詞にしちゃったくらいなんですけれど(笑)
宮坂:
ありがたいです。「応援してたら、応援されてた。」というのがキャッチフレーズなので。
藤巻:
200kmのコースはとんでもないアップダウンがあるんですよね? すごく大変だと思うんですが、東北を応援しに行ったはずのライダーも、地元の方に励まされるうちに、その応援する側と応援される側の境目がなくなって、溶け合っていくのかなと。
宮坂:
参加された方もまさにそうおっしゃってますし、私自身も、第1回大会で走ったときにすごく感じましたね。こちらは「東北を応援しなきゃ!」という気持ちで行くわけなんですが、走っていてだんだん疲れてくると、仮設住宅に住むおばあちゃんが「がんばれ!」と旗を振って応援してくれる。それが延々と続くのです。おっしゃるとおり、境目が交じり合う感じがします。
2015年大会のコース沿道の様子
藤巻:
僕は音楽をやっているので「言霊」を信じているところがすごくあって、「がんばれ」という言葉には人を元気にするエネルギーが絶対にあると思うんですよね。
宮坂:
ありますね。
藤巻:
ポジティブな言葉を発信し合っていくのはすごく大事。その発信を音楽を通じてできるといいな、と。
なので、今回のテーマソングもすごく元気がでる曲にしたいと思いました。
テンポも結構考えました。自転車なので早いテンポの曲も検討したんですが、早すぎても疲れるかなって(笑)
宮坂:
テンポ、ちょうどいいと思います。自転車の言葉で「ケイデンス」という1分間のペダル回転数を示す言葉がありますが、ちょうどツール・ド・東北のコースを走るときのケイデンスを思わせるリズム感だと思いました。
藤巻:
それはよかったです。
宮坂:
口ずさみながらこげる曲ですね。
藤巻:
そうあって欲しいとは思いますが……坂道などではさすがにそんな余裕はない気もしますので(笑)、ゴールしたときなどに思い出していただけるとうれしいですね。

震災から5年、これからどう関わっていくか

藤巻:
震災直後に定期的に訪れて以降、石巻へは2014年にも弾き語りツアーで行きました。また今年の夏もReborn-Art Festivalで訪れました。
まだ地区によっては復興が進んでいないところもあるそうですが、それでも町が少しずつ海のほうに広がってきたのかな、と感じました。
まさに、海とともにどう生きていくか、という問いですよね。地元のことを大事に思っている方は、海のこともおそらく大事に思っているだろうし……。
宮坂:
東日本大震災では亡くなった方も多く、私自身も命のことについて考えるきっかけになりました。
津波の被災エリアは東北沿岸で400kmぐらいあって、いつかその距離を完走したいので、プライベートでもツール・ド・東北のコース以外を走っているんです。
先日も、気仙沼から宮古を走ったのですが、変わりゆく景色や、新しくできた防潮堤のそばを走りながら、いろいろと考えさせられましたね。
藤巻:
以前、南三陸町の歌津というところである漁師さんと出会ったんです。家に招いていただいて、復興の過程における苦しみ、悲しみをうかがったり、カキをごちそうになったりしました。
やはり震災直後に現地に行った経験が積み重なって、こういったご縁をいただくようになって、その方から生きるエネルギーや復興のパワーを感じるようになったし、自分自身も学ぶことが多かったですね。
宮坂:
実際に現地に行ったことで縁がつながったんですね。
藤巻:
大切なのは、背伸びしないことだと思うんです。そして、まず行って自分で感じることが大事。
2015年大会のコースの様子
2015年大会のコースの様子
3.11の直後、東北に悲しみのエネルギーが渦巻いたと思うんですが、実際に現地に行ってそのエネルギーを自分ごとに感じて帰ってくることで、少しでも悲しみを減らすことにつながるのではないか、と。
だから、行けば行くほど良いのではないかと思っています。
現地で自転車をワーッとこぐでもいい、おいしいものを食べるでもいいし、音楽で盛り上がるでもいい。
そういう意味で、今後もポジティブなエネルギーの循環のために関わっていけたらいいなと思いますね。
2015年大会のコースの様子
2015年大会のコースの様子
宮坂:
私も藤巻さんと一緒で、1年に1回でもいいし、3年に1回でもいいから行くこと自体がすごく大切だと思う。一番良くないのは無関心。関わり続けるためにも、そのきっかけを作っていきたいですね。ツール・ド・東北も10年は続けよう、と言っています。
藤巻:
2016年大会に関わらせていただきまして、ありがとうございます。
宮坂:
こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。

藤巻亮太

ミュージシャン

2000年12月、小学校からの同級生3人で「レミオロメン」を結成。2003年、ミニアルバム「フェスタ」でデビュー。
特に「3月9日」、「粉雪」は、世代を超え支持され続けている代表曲である。
2012年、レミオロメンの活動休止を発表し、ソロ活動をスタート。
2016年3月23日、約3年半振りとなる待望の2ndアルバム「日日是好日」をリリース、最新曲「go my way」も好評配信中

宮坂学

ヤフー株式会社 代表取締役社長

1967年山口県生まれ。同志社大学経済学部卒業。1997年、創業2年目のヤフー株式会社入社。
2002年メディア事業部長、以降「スポーツナビ」運営、ニューズウォッチ(現デジアナコミュニケーションズ)やオリコンDDなどの取締役を兼務。
2009年には執行役員コンシューマ事業統括本部長に就任。
2012年6月より現職。